【113】

「もう すっかり 春ですね」

昼の光をあびながら
じいが私に微笑み言う

あぁ と短く答えては
私も窓見て笑みこぼす

庭にそびえる大の木は
恥ずかしそうに若葉を生んで
黄緑色にチラつかせ
ピンクの花は咲き乱れ
私はあの日を思い出す

春が小さな笑顔と共に
少し明るくなった日を


*************


春といえば氷融け
春といえば花咲かせ
蛙に雛に
生まれ返る 世界です


そんなある日にかくれんぼ中
幼い王子は出会うのです

同じく木の陰隠れてた
髪を短く刈る春に

「あの…
 あぶないですよ」

びっくりされては困るのか
王子はゆっくり声かけます

春はそのまま刈り続け
聞こえなかったみたいです

「あの…
 春さん ですよね こんにちは」

刈り終わった頭撫で
ハラハラと毛を落としながら
初めて王子に目を向けます

「俺が見えるというのなら
 お前は王子 幼い王子
 かくれんぼの途中みたいだな」

「はい」と元気に答えては
王子はにっこり微笑みます

春はふいと目を逸らし
舞い続ける髪を眺めます

それはまるで散りゆく花弁
王子は思わず見惚れては

「桜みたいで 綺麗ですね」

途端に顔をこわばらせ
「そーかい」とだけ 春は言う

「どうして刈ってしまうのですか
 素敵な色の髪なのに」

「この色だからに決まってるだろ」

春がボソリと言うと同時に
風に混じって花弁が
王子の髪に絡まります

一枚手に取り光に透かし
王子はそっと尋ねます

「どうして折角花咲かすのに
 すぐに散らしてしまうのですか
 どうして折角花咲かすのに
 散る時だけが綺麗なのでしょう
 折角生まれた木々なのに
 寂しすぎるじゃないですか」

「似合わないだろ こんな花
 恥ずかしいだろ こんな花
 人に見られたくないんだよ」

「花がかわいそうじゃないですか」

「俺の勝手だ そんなこと
 俺が生んだ植物だ
 散るのが綺麗なんだろう
 綺麗な時だけ見とけばいい」


しばらく二人は何も言わずに
隠れた木を背に座り込み
暖かな風に揺られてます

「冬さんはそんな所が嫌いなのかな」

ポツリともらした王子の言葉
春は聞き逃しませんでした

「お前 母さんに会ったのかっ
 いつだ
 どこでだ
 教えてくれよっ」

ガシリと腕をつかまれて
王子は少し驚きます

ハッと気づき春はまた
「ごめん」と視線をそらします

「冬さん お母様なんですか
 それは聞いていませんでした
 ごめんなさい春さん
 さっきは変なこと言ってしまって」

「いいよ わかってたから」

「何をですか」

「嫌われてるの」

春の寂しそうな視線につられ
王子も眉を下げています

「母さんなんて言ってたか
 聞かせてくれよ 幼い王子」

「全部ですか」

「ああ 全部」

「大丈夫ですか」

「大丈夫」

王子はまだまだ決心つかず
草を握っては放し 放して握り
視線を逸らして遊んでます

「なんなら俺は向こう向くから
 顔が見えずにすむだろう」

そう言うと同時に春は背を向け
自分も草で遊びだす

王子は背中を見つめながら
すまなそうに話します

「ボクの家で秋さん待ちましょうと
 誘った時に言いました
 そうしたいのは山々だけど
 春さんに会うのが嫌だから
 逃げているから待てないと」

春は頭を一撫でし
また草で遊びます

「どうしてですかと訊いた時
 自分を融かす春さんだから
 人気者の春さんだから
 苦手なんだと言いました」

寄りかかっていた大きな木から
花弁が大量に落ちてきます

「そーかい」

かすれた声で春はそのまま
震える指で草と遊びます


「あの」

丸まる背中に王子は言います

「春さん嫌われてると知りながら
 冬さん追っていますよね
 悲しそうなのに どうしてですか
 辛そうなのに どうしてですか」

「お前は母に逃げられてたら
 そのまま諦められるのか
 嫌いだ嫌いだ言われたからって
 そのまま諦められるのか
 話をしたこともないというのに
 そのまま諦められるのか」

一気に問いかけ春はそっと
王子の方に振り向きます

お母様に逃げられる
そんな日々を想像したのか
「いやだ」と小さく首振ります

「俺も同じだ それだけだ
 一度話がしたいだけ
 ケンカでいいからしたいだけ」

一筋 冬と同じ雪どけの水が
春の目からも流れます


そよそよ風に吹かれながら
王子は途端に笑顔になります

「その涙 冬さんと同じっ

 ボク 見ました
 春さんと冬さん同じです
 とてもとても似ていますっ

 冬さん苦手と言いながら
 憎んでいるとは言ってません
 きっと きっと春さん好きです
 きっと きっと会ってくれますっ」

王子の急な変化に驚き
春は目を見開いて
口をぽかんと開けています

「そうなんですよ きっと きっと
 冬さん事情があるんです
 会えない事情があるんです
 そうなんですよ きっと きっと」

興奮のあまり立ち上がる
嬉しそうな王子を見つめ
春はふっと笑顔になります

とても暖かい笑顔です
いつの間にかよりかかる木は
また大量に花を咲かせてます

「お前 変わった考えだよな
 キライじゃないぜ 夢がある
 昔 俺も見た夢だけど
 叶わなかった 夢だけど」

「…春さん ずっと追ってますよね」

「ああ」

「じゃあ 今度は待ちましょうっ
 ボクの家で待ちましょう
 ゲームでもして待ちましょう
 冬さんのことを 待ちましょうっ」


嬉しそうに笑った春は
またすっと曇ります

「それは 無理だな」

「どうしてですか
 部屋ならいっぱいありますよ」

春はまたハハッと笑い
「だろうな」と 王子を茶化します

「じゃあ どうしてですか
 ゲームが嫌いなのですか」

「かくれんぼもしたことないんだ
 きっとやり方わからない
 お前の顔見ると感じるけどな
 とってもとっても楽しいて事
 でも ごめん 残れない」

「どうしてですか」

「俺も逃げてるんだよ あいつから」


さっき大量に咲いた花たちは
また すぐに散っています

「春さんも逃げているのですか」

「ああ」

「誰から逃げているのでしょうか」

また頭を一撫でし
視線を逸らし春は言います

「夏」

「夏さん嫌いなんですか」

「嫌いというか苦手というか
 この髪の色嫌いなのに
 羨ましがるふりしやがるし
 花を司るなんていいなぁとか
 ニヤニヤしながら言いやがる

 俺の気にすること全部全部
 ただただ面白がるんだよ
 ただただ馬鹿にしてるんだっ」

「それは確かにひどいですよね
 桜みたいな髪なのに
 綺麗な綺麗な髪なのに」

呆れたようにため息ついて
春はすっと立ち上がる

「お前も同じようなこと
 そんな風に言うなよな」

パンッとズボンの草掃い
王子に背を向け去りだします

あわてて王子は春をめがけて
大きな声で叫びます

「それ きっと 誤解ですっ
 ボクと同じこと言ったなら
 夏さんきっと本心です
 冬さん一緒に待ちながら
 夏さんも待ってみませんかー」

遠ざかる春の背中めがけて
一生懸命叫びます

春は片手を上げながら
「またなっ」とだけ言い残し
軽やかな足取りで
木々の間を歩きます

それはそれは楽しそうな
スキップのような歩き方


追いかけようとした瞬間

「王子 みーっけ」

腕つかまれて見失う


かくれんぼのこと思い出し
「あ」っと小さく声上げて
みんなでわーわー走り出す



見上げた木々は珍しく
花を散らせず揺れています

その日は特別 お花見です
花弁散らない お花見です
誰もが大変喜ぶ日
とても明るい
春の一日


---【春】
早帆

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